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1. 植物の凍結適応機構

 植物は常に環境変化に適応しながら生育しており、とりわけ低温は重大なストレスである。氷点下では細胞外に氷が形成され、水分が引き抜かれることで細胞は脱水状態となり、さらに氷の成長に伴う圧迫によって膜構造が損傷を受ける。このような凍結ストレスを回避するため、多くの植物は「低温馴化(Cold acclimation)」と呼ばれる過程を経て凍結耐性を獲得する。

 従来、可溶性糖の蓄積や細胞膜組成の変化が脱水ダメージの緩和に関与することが知られていたが、私たちは細胞壁の構造的変化も凍結耐性において重要な役割を果たすことを明らかにしてきた。細胞壁を構成する多糖類に加え、デンプンやフルクタンなどの貯蔵多糖の蓄積・分解も、細胞の浸透圧調整や構造安定性の維持に寄与している。すなわち、これらの「多糖」は単なる構成成分にとどまらず、凍結・脱水に対する複合的な防御機構の中核を担っていると考えられる。

 さらに、低温馴化に伴って細胞や組織の組成変化だけでなく、形態そのものも変化することも明らかになってきた。こうした形態変化は細胞の力学的特性の変化と密接に関係し、凍結や脱水への耐性獲得に寄与している可能性が高い。私たちは、この形態変化の意義とそのメカニズムの解明に取り組んでおり、植物が環境に適応するための統合的戦略の理解に迫ろうとしている。

​低温に曝した時のコマツナの形態変化​

​葉面がボコボコした形になる

2. 凍結適応植物の適応解除機構

 植物は寒さに適応するため、「低温馴化」によって成長を止め、凍結耐性を高める。しかし、気温が上がると耐性を失い、再び成長を始める。この「脱馴化(Deacclimation)」は、季節や昼夜の温度変化に適応するための重要な仕組みであり、植物は耐性と成長のバランスを調整しながら環境に適応していると考えられる。

 私たちは、低温馴化と脱馴化に伴う「糖」の変化、特に可溶性糖や細胞壁の変化を解析した。その結果、低温馴化では可溶性糖や特定の細胞壁成分が増加し、脱馴化では可溶性糖が減少する一方、一部の細胞壁成分は維持されていた。さらに、脱馴化した植物を再び低温馴化させると、初回よりも高い凍結耐性を示した。これらの結果は、脱馴化が単なる馴化の逆過程ではなく、さらなる寒さへの備えを含む適応戦略である可能性を示唆している。

今後、これらの仕組みが植物の凍結耐性や成長に及ぼす影響を解明することで、変動する環境下での適応戦略を理解する手がかりになると考えられる。

3. 乾燥耐性植物の適応機構の秘密

 陸上植物は乾燥によって細胞膜の損傷や細胞壁の変形が起こり、最終的には細胞死に至る。しかし、「復活植物(Resurrection plants)」は、乾燥状態でも細胞構造を維持し、再吸水によって速やかに生命活動を再開できる。

 乾燥耐性の要因として、トレハロースの蓄積が細胞内成分の保護に重要とされるが、それだけでは十分に説明できず、他のメカニズムの関与が示唆されている。代表例であるイワヒバ(Selaginella tamariscina)は、極端な乾燥状態でも細胞を損傷なく維持できるが、同属のイヌカタヒバ(S. moellendorffii)はトレハロースを蓄積するものの、同等の耐性を持たない。この違いには膜組成や生体保護タンパク質などが関与していると考えられる。

 本研究室では、イワヒバとイヌカタヒバの比較を通じ、細胞壁の観点から復活植物の乾燥ストレス耐性を解明することを目指す。復活植物のメカニズムを明らかにすることで、植物の進化的生存戦略の理解につながると期待される。

乾燥・吸水時の復活植物イワヒバの様子

​乾燥しても水を与えれば迅速に復活する

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