Research
植物の凍結適応と脱馴化
低温馴化から脱馴化、再馴化までを連続した応答として捉え、凍結耐性と成長の調節機構を調べています。
凍結による傷害と低温馴化
植物の組織が凍結すると、まず細胞の外側に氷が形成されます。氷の形成に伴って細胞から水が失われ、細胞は脱水と変形を受けます。さらに氷の成長による力も加わり、細胞膜や細胞構造が損傷することがあります。凍結耐性を理解するには、温度だけでなく、水の移動と細胞を取り囲む構造の性質を考える必要があります。
多くの植物は、凍結しない程度の低温をあらかじめ経験すると、その後の凍結に耐える力を高めます。この低温馴化では、糖の蓄積、細胞膜の性質、細胞壁の組成などが変化します。一方で成長は抑えられ、植物は成長と防御への資源配分を調節します。
気温上昇後の脱馴化
低温馴化した植物が暖かい環境に移ると、凍結耐性が低下し、成長が再開します。この脱馴化は、春への季節変化や短期的な気温上昇に対応する過程です。暖かくなった後に再び寒さが戻る場合には、耐性を失う速さと再獲得する能力が植物の生存に関わります。
本研究室では、馴化と脱馴化を別々の状態として扱うだけでなく、その間に糖や細胞壁の性質がどのように変わり、どの変化が残るかに注目しています。
糖と細胞壁に残る環境の履歴
これまでの解析では、低温馴化中に可溶性糖と一部の細胞壁成分が増加する一方、脱馴化時には両者が同じようには戻らないことが分かっています。可溶性糖が減少しても、特定の細胞壁成分は維持されます。また、いったん脱馴化した植物を再び低温馴化させると、初回より高い凍結耐性を示す応答が観察されています。
この結果は、脱馴化によって植物の状態が完全に初期化されるとは限らず、過去の低温経験が次の応答に影響する可能性を示します。ただし、残存する細胞壁の変化と耐性の向上を結び付ける機構は、さらに検証が必要です。
現在の研究課題
低温馴化・脱馴化・再馴化を比較し、可溶性糖、細胞壁多糖、凍結耐性、成長の関係を解析しています。環境の履歴がどのような構造として保持されるのか、その保持が次の凍結耐性や成長の再開にどのように関わるのかを明らかにすることが課題です。

細胞壁・貯蔵多糖と植物の適応
細胞壁をつくる多糖と、糖を蓄える多糖の構造や代謝を調べ、環境に応じた成長や形態の変化との関係を探っています。
細胞壁を構成する多糖
植物の細胞壁は、セルロース、ヘミセルロース、ペクチンなどの多糖から構成されます。糖の種類やつながり方、多糖同士の配置によって、細胞壁の強さや変形しやすさが変わります。細胞壁は細胞の形を支えるとともに、植物の成長に合わせて作り替えられます。
本研究室では、多糖を構成する糖の量や結合様式を測り、組織内の分布を調べています。合成や分解に関わる遺伝子の解析と組み合わせ、環境によって細胞壁がどう変わるかを調べます。
貯蔵多糖の代謝と適応
デンプンやフルクタンなどの貯蔵多糖は、植物が糖を蓄え、必要に応じて利用するための分子です。その蓄積と分解は、成長に使うエネルギーや、細胞内の糖の量の調節に関わります。
低温や昼夜の気温変化に伴い、葉やクラウンなどの組織で貯蔵多糖の量と構造がどう変わるかを比較します。細胞壁の作り替えと貯蔵多糖の代謝を併せて調べ、糖の使われ方とストレスへの適応との関係を検討しています。
寒締めと植物の形態変化
低温に置かれたコマツナでは、葉が厚くなったり、葉面に凹凸が生じたりすることがあります。このような寒締めに伴う形態変化には、糖の蓄積、細胞の成長や分裂、細胞壁の性質など、複数の過程が関わると考えられます。
多糖の構造や代謝の変化が、細胞・組織の形や物理的な性質にどうつながるかを調べています。寒締めによる変化を観察し、環境への適応を分子の変化と植物体の姿の両方から理解することを目指します。
復活植物の乾燥耐性と糖
イワヒバと近縁種を比較し、トレハロースなどの糖と細胞壁が、乾燥中の細胞保護や吸水後の回復にどう関わるかを調べています。
復活植物とは
多くの陸上植物は強い乾燥に曝されると、細胞膜の傷害や細胞壁の変形によって生命活動の回復が難しくなります。一方、復活植物と呼ばれる植物は、著しく乾燥した状態でも細胞の構造を保ち、水を再び得ると生命活動を再開できます。イワヒバ(Selaginella tamariscina)は、そのような極限乾燥耐性を持つ植物の一例です。
乾燥に伴って植物体が縮み、吸水すると開くという目に見える形態変化の裏側で、細胞や組織がどのように変形し、構造を維持しているかが研究の出発点です。
近縁種との比較
乾燥耐性には、トレハロースなどの糖の蓄積が関わると考えられてきました。しかし、近縁のイヌカタヒバ(S. moellendorffii)はトレハロースを蓄積しても、イワヒバと同程度の耐性を示しません。糖の存在だけでなく、細胞膜の性質、保護タンパク質、細胞壁などを含む複数の要因を考える必要があります。
本研究室では、近縁でありながら乾燥耐性が異なる2種を比較し、耐性の違いと対応する細胞壁の特徴を調べています。単に乾いた状態の植物を見るだけでなく、乾燥から吸水へ移る過程も対象としています。
細胞壁から見た乾燥・吸水
脱水によって細胞の体積が減少すると、細胞壁と細胞膜は大きな変形を受けます。乾燥を生き残るには、こうした変形に耐え、吸水後に機能を回復できることが重要です。細胞壁多糖の組成や構造が、変形の仕方や組織の保護にどう関わるかに着目しています。
イワヒバの形態変化を観察し、近縁種との違いを細胞壁の視点から解析することで、極限乾燥耐性を支える構造的な要因を検討しています。この研究は、凍結による脱水と乾燥による脱水に共通する性質や、異なる適応のあり方を考えることにもつながります。
タンパク質言語モデルで探るストレス適応
天然変性タンパク質(IDP)は、植物や動物などさまざまな生物で、凍結や乾燥をはじめとする環境ストレスへの適応に関わっています。生物の違いを越えて、どのようなタンパク質が細胞を守るのかを調べています。
水を失うとき、細胞をどう守るか
凍結と乾燥は異なる現象ですが、どちらでも細胞から水が失われます。細胞内の成分が濃縮され、タンパク質が凝集したり、膜が傷んだりすることがあります。水が戻ったあとに細胞が活動を再開するには、こうした損傷を抑える仕組みが必要です。
天然変性タンパク質は、一つの安定した立体構造に固定されず、さまざまな形をとります。植物のデハイドリンやクマムシの乾燥耐性に関わるタンパク質など、生物によって使われる分子は異なります。形の柔軟さや周囲の分子との相互作用が、どの条件で保護に役立つのかに注目しています。
異なる生物のタンパク質を比べる
同じような働きをするタンパク質でも、アミノ酸の並びが大きく異なると、配列を直接照らし合わせる方法では共通点が見つかりにくくなります。そこで、数多くのアミノ酸配列から並び方の特徴を学んだタンパク質言語モデルを使います。
モデルが捉えた特徴に基づき、似た配列の特徴を持つタンパク質を近くに置いた比較地図を作ります。既知の保護タンパク質の周りにどんな候補が集まるか、ストレスを受けたときにどの候補が多く作られるかを調べ、実験で確かめる対象を選びます。
予測を実験で確かめる
地図で近くに並ぶことは、似た働きを調べる手がかりです。候補を一つずつ調べ、脱水や再吸水のときに他のタンパク質の凝集を抑えるか、膜を保護するかを測ります。
候補を組み合わせた場合の効果も比較します。凍結と乾燥の両方で役立つ仕組みと、特定の生物や環境に特有の仕組みを見分けることが目標です。